MEMON

たぶんに嘘が含まれています
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ダメ。ガッカイ。
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ダメ。ガッカイ。

そんな勇ましいツアー名の下、鳥肌実中将は現在全国ツアーを行っている。きょうは私はその大阪公演を観に行ってきた。

あいにくの渋滞で京都駅に向う途中バスが遅れに遅れ、結局30分ほど遅刻してしまったのだが、会場に入った瞬間、玉砕スーツに身を包んだ中将の生の勇姿に感動さえ覚えた。

講演会(という名のお笑いライブなんだけど)の内容は政治ネタ・朝鮮人批判・創価学会批判・下ネタという四本柱。どれ一つとってもテレビでは放送できない内容だ。

巨大な日の丸をバックに、「死ねお国のために」「ニイタカヤマノボレ」「皇居に向って敬礼」「無為こそ過激」などの言葉が刺繍された玉砕スーツに身を包み、オールバックの鳥肌中将は一時間半しゃべった。

ネタの内容をぜんぶ書いてしまうと迷惑かもしれないので、特におもしろかったものを少し紹介すると、東京ディズニーランド(中将は終始「デズニーランド」と発音してたけど)を大東亜共栄圏ランドにしよう、というのがよかった。

「ディズニーランドはユダヤ人の金儲けの手段にすぎない」

「ディズニーランドを更地に戻し、大東亜共栄圏ランドを建設し、パレードはこれまでのものにとってかわり軍事パレードを行い、近くの外資系の企業に砲弾を発射すること」

「マスコットはミッキーのかわりにのらくろ一等兵」

他にはだいたい創価学会の話と最近の政治家への揶揄と下ネタだった(下ネタはたまにすべっていた気がする)。はじめ30分を見逃してしまったけれど、それでも残りの一時間半で満足できる内容だった。

最後の30分ほどで、まず鳥肌中将が池田大作の等身大パネルを持って街に繰り出すという映像が流れた。創価学会の建物や新宿アルタなどでそのパネルを殴る、というパフォーマンスである。

それが終わると池田大作の映像をバックに、その池田大作パネルを持って鳥肌中将がパンツ一丁で出てきて‥‥‥いや、正確にはからだ中に創価学会の旗を貼付けてたんだけど、そのパネルといっしょに踊る、というなんともファンキーな締めくくりでございました。

たぶん来年か再来年またツアーをやると思うので、そのときも観に行こうと思います。


※私自身は右翼的思想を持っているわけでもなければ朝鮮人や創価学会の人を差別しているわけでもありませんので誤解なきよう。鳥肌実さんもあくまでネタでやっているだけです(と思う)。
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汝らイチャイチャしたもうなかれ
「イチャイチャされると嫌な場所トップ10」

っていう記事がmixiの右側に載ってたんだけど、これを見たとき、私にとってカップルにイチャイチャされると嫌な場所はどこだろうと考えた。その結果、15秒後に「この世すべて」という結論に至った。

なにも電車の中とか図書館とかに限らず、およそこの世でイチャイチャされるのは誠に不快である。迷惑である。一刻もはやく日本中の自治体の迷惑防止条例に「公の場所でイチャイチャしないこと」という項目を盛り込んで欲しい。

しかし、ふと思った。

イチャイチャされると不快なのは、ほんとにこの世だけだろうか?

たとえば、私が死んだとする。すると、三途の川の畔にはカップルがいる。

「死後の世界ってほんとに三途の川があるんだねー」
「あ、見て見て、ユミ。魚がいるよ」
「ほんとっ? どこどこー? 魚も幽霊なのかなー?」
「うそだよー。えいっ」パシャッ、パシャッ。
「ちょっとやめてよタカシー。んもう、死に装束が濡れちゃうじゃなーい」

その様子を横から眺めるおれ。実に不快である。こちとら一人で死んでるっつーのになんでお前ら二人で仲良く死んでるんだ。しかもこっちは三途の川を渡る船の上でも一人で船酔いして一人で吐いてるっつーのにお前らは仲良く甲板で風に吹かれおって!

というわけで、三途の川でもイチャイチャされても迷惑である。

では、その後は?

地獄の場合なら、どうだろう?

これもやっぱり、私が一人で血の池地獄でグツグツ煮込まれてるとき、隣でいっしょの釜で男女がグツグツ煮込まれて、

「あ、アツい‥‥‥」
「がんばれユミ。おれがついてるからな」
「うん、アツいけど、あたし、タカシがいれば地獄だっていいよ」
「ユミ‥‥‥愛してるよ」

とかやってたらもう精神的にまいる。グツグツよりそのイチャイチャによる精神的ダメージのほうがでかいかもしれない。おまえら地獄に落ちてるくせにカップルでいるってどういうことやねんと閻魔の奴に文句を言いたくなるだろう。カップルを別々のとこに配置しないっていうのがもうお役所仕事ですよね? って皮肉を言いたくなる。

天国では、どうか?

これはもう言うまでもなくイチャイチャされたら迷惑だ。こっちはけっこういい家を与えられて毎日おいしいものとか食べれるけど独り身である。かたや隣にはまあだいたい同じくらいの生活水準だけどカップルが住んでたりして、

「いやー、天国はきょうもいい天気ですねー」
「ほんとうに。生きてるうちにおばあさんとか助けててよかったですよ」

なんて表面的には友好的な会話をしててもおれは相手の男に不快感を覚えるであろう。いますぐ地獄へ下れと思うであろう。それほど、カップルのイチャつきは精神的な有害度が高い。それがあるだけで周囲を不快感に巻き込むという、いわばメンタルなウラン。精神を汚染する放射能出っぱなし。

結論としては、イチャイチャされると嫌な場所は、「おれの認識がおよぶ範囲すべて」だ。
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ハンター×ハンター連載再開
ちょっとタイミング遅くなったけど、これだけは書いておきたい。

祝! ハンター×ハンター連載再開!

ふだんフォントは弄らないけど、今回だけは例外。文字を大にして書かなきゃ気が済まない。こんなめでたいことったらないもの。たぶん妹が結婚したり地球から戦争がなくなったりしてもここまで嬉しくはない。そんくらいの出来事だこれは。

前々にも私は「ハンター×ハンターを読むために生きている」と書いたけれど、その気持ちは変わっていない。生き甲斐だとか楽しみだとかいう甘っちょろいものではなく、この漫画は生きる意味である。ハンター×ハンターが完結しない限り絶対に死ねない。仮にガンに罹ったとしても「ハンター×ハンター読まなきゃいけないんで」って言ってガン細胞に出てってもらう。

休載になる前に読んだのがもう一年ほど前になるけど、そんときの記憶はまったくぼやけていない。あのわくわく感は今もそのままだ。ふつうこんだけ放っとかれたらどんながまん強い女でもその男に愛想をつかして他の手近な男んとこにいってしまうだろうけど、ぜんぜんそんなことなくて、あたしはいまでも冨樫先生のことだけを思い続けていますわ。
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宇宙のかたち
吉田伸夫『宇宙に果てはあるか』

という本を読みはじめました。もう、死ぬほどおもしろい。

当初、「なんか宇宙論のやさしい本が読みたいなー」と思って生協の書籍部にいき、人気のある東大の佐藤勝彦さんの新書を買おうとしたんだけどなぜか見当たらず、ちょっと妥協で上の本を買ってみたんだけど、こいつがビンゴ。

この本にはここ100年くらいの宇宙論の変遷が、間違いも含めてだいたい時代順に書かれている。アインシュタインぐらいからホーキングまで、だ。とてもわかりやすい文章で、素人にもついていける。

まずびっくりするのが、ここ100年くらいで宇宙像が劇的に変化しているということ。宇宙の大きさや形についての予想が、数十年単位でかなりコロコロと変わっている。つい最近でさえ新しい観測結果によって仮説がぬりかえられたりしてるので、まだ決定的な理論ってのはないようだ。ビッグバン説とかブラックホールの存在とかでさえ、まだ決定的とは言えないらしい。

ま、とりあえずびっくりしたことをいくつかメモします。


【アンドロメダがやってくる!】

私たちの銀河、通称「天の川銀河」。直径が10万光年くらいあるらしいんだけど、この10万光年くらい隣に、アンドロメダ銀河ってのがあって、ちょっとずつ近づいてきてるらしい。

宇宙は膨張してるらしいから基本的に銀河同士ってのはみんな離れて行ってるらしいんだけど、アンドロメダ銀河は近いから例外らしい。あいつらはどんどん近づいてきてる。銀河鉄道999で行くまでもなく、いずれこっちの銀河にぶつかるんだと!

「そいつァたいへんだ! こうしちゃ居られねぇ!」

つって手荷物まとめて出て行こうとしてるあなた! ちょっと待ってください。まだ10億年ほどあるんで、そんな急いで逃げる支度をしなくても大丈夫。どんな長生きな人でも10億年後には死んでるんで、あんまり関係ありません。けど、銀河同士が衝突するってすごい。スケールでかい。

ただ、実際は、銀河ってスカスカだから星同士の衝突はあんまりおこらないらしくてその点は安心してもいいかなーって思うんだけど、でも重力同士がなんかああなってこうなって影響し合うからなんか銀河はぐっちょんけっちょんになるとかならないとか。

あ、ちなみに、現在もこの天の川銀河には小さな銀河がまさに衝突中らしいです。


【恐怖! 太陽が燃え尽きる日】

さらに不安を煽るようですけど、太陽があと数十億年したら寿命を迎えて、そんときにはぶわって膨らんで地球の軌道くらいまで来るらしい。吉田さんによると地球を飲み込むぎりぎりのとこで止まるだろうっつーんだけど、それでも影響は大だ。

地球ぎりぎりまで太陽が膨らむってことは、昼間に空全体が太陽で覆われるってことだからね。その迫力たるやものすごいだろうこと確実。いまのあのビー玉みたいな太陽でさえけっこう明るいのに、全天が太陽になったらサングラス5個くらいかけないと外歩けない。ああ、でも、見たい!

前、一般教養で宇宙論の授業受けててたときにも教授がこの話してて、「ぜひこの現象を自分の目で見てみたい!」って興奮してたんだけど、おれも同じ気持ち。寿命があと20億年ほどあれば見れるんだけども‥‥‥。まあ、無理だよね。残念。


【宇宙のかたちは‥‥‥?】

宇宙の形についてはいろいろな説がある。その中でいちばんしっくりくるのがアインシュタインの四次元球という説だ。これは単純明快で、宇宙は四次元バージョンの球だということ。

この考え方をすると宇宙の果て(境界面)を考える必要がなくなるし、地球との類比で理解しやすい。なによりシンプルだ。シンプルさってのは、大事だ。

しかしちょっと気をつけなきゃいけないこともある。

アインシュタインは、この本によると、自分が理想とする宇宙像に拘泥してたせいでそれ以外の可能性を不当に排除しようとしてたふしがあるらしい。彼はどうやら、シンプルな宇宙ってものにこだわりすぎていたようだ。だから、四次元の球というのも、理想的ではあるけど、そのまま信じるわけにはいかない。

境界を考えなくていいってことなら、別に四次元球である必要はない。四次元ならば、楕円でもいいし、ドーナツ型でもいいし、うさぎちゃんの形でもいいはずだ(これはおれの推測)。宇宙がまるで絵に書いたようなきれいな四次元球だというのは、都合の良過ぎる話だ。地球だって、遠心力でやや扁平になっているのだから。


【カントの宇宙論】

ぼくは現在、カントの哲学を研究しているのですが、この宇宙論の本にもカントのことは出てくる。彼の『純粋理性批判』には、宇宙の大きさについての考察もあるのだ。

カントによれば、宇宙の大きさが有限なのか無限なのか、どちらか一方には決定できない。結果だけ言うと、宇宙は有限でも無限でもない、という。ただ、カントの時代と違って、今は観測技術の進歩により人間の認識範囲は限りなく広がっている。そういうことを視野にいれてもカントの説が成り立つのかどうか、それは今後研究していかなくてはいけない。

この本の中ではカントの説を「ユークリッド幾何学しか考慮していなかった」という理由で即座に切り捨てているけれど、そこはまだ決定的とまでは言えないので、今後検討してゆく必要がある。


【あんな宇宙、こんな宇宙】

宇宙はビッグバンからはじまった。という説が有力だけど、そのときに宇宙が一つだけできたとは限るまい。同じときに、複数の宇宙が生まれてたかもしれない(完全におれの空想だけど)。そしたら、この宇宙には兄弟がいることになる。

どこか別の次元で、同じところから出てきた別の宇宙があって、そっちはそっちで発展を遂げてるのかもしれない。だとしたら、その宇宙とこの宇宙が衝突するってこともあるのかも。もっと上の次元のことを考えたら、そういうことも、ある、かも?


【なぜ多様性があるのか?】

とにかく、どういう宇宙論が出てきたとしても理解できそうにないのは、どうして宇宙はこんなに複雑で多様性に満ちてるのか、ということだ。もちろん、そもそもどうして宇宙が「存在しない」のではなくて「存在している」のか、それが疑問なんだけど、生まれたもんはしょうがないから、そこは百歩譲って認めるとしよう。

が! なぜ宇宙は一様ではないのか? これがわからない。なにか理想的な、一様がビッグバンが起こったとして、どうしてこういう多様な姿が生まれるような、ゆらぎが生じたのか‥‥‥?

ゆらぎ、偏りがあるってのは、宇宙がシンプルじゃないっていう証拠だ。たとえわずかにせよ、物質の分布に偏りがあったってことだ。それはなぜ? まるっきりわからない。いったい何が初期の宇宙をかきまぜたのか?


さて、それじゃ、続きを読もうと思います。ぜひ買って読んでみてください。おもしろいよ!
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ハーレムと四面楚歌は紙一重
きのうは久々に飲み会に参加してきた。

しかも、女性が盛りだくさんである。いつもは大学院という男ばかりの世界で生活してるぼくが、きのうばかりは女の子たちの中で酒を飲んできた。っていうか簡潔に言うならば女八人、男一人だった。

ドイツ語をいっしょに勉強しているコリーンというドイツ人と、それ以外にはじめて会ったドイツ人が二人。あとはもとからの知り合いの日本人が二人で、あとは初対面かそれに違い人たちだった。みなドイツ語をやっている人々だ。

それでぼくとしては彼女もいないわけですし常にハイエナの目つきで生活しているのでチャンスがあれば喰い付こうと思ってるんですがまあこれだけ人数いるとどうしたらいいかわからない。しかもぼくは飲み会とかでそんなに盛り上がれないタイプの人間ですしね。なんか、お金いっぱい持ってるんだけどどの店行っても「このお金は使えません」って言われてる気分だよね。このたとえが適切かどうかわかんないけどさ。

最終的にはみんなでプリクラを撮って解散したんだけど、なんだろ、どうしてドイツ語関連の人たちで飲み会をすると「女ばかりの飲み会~おれもいるよ!~」になるのかわかんない。だってドイツっつったらソーセージが名産でそれって男のシンボル的なものなのにさ(笑)。
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クリスマスに向けた彼女の作り方
今年もひたひたひたひたとクリスマスの足音が聞こえてきました。

きっと今頃、恋人のいない方はどうやってクリスマスを過ごそうかと考え、このまま孤独にその日を迎えるかもしれないと不安になっているかと思います。

そこで!

そこで、きょうは私がyoutube徘徊中に見つけたこれぞという彼女の作り方を紹介しようと思います。この動画を参考に、ぜひ素敵な彼女を街でGETしてください。グッドラック!

http://www.youtube.com/watch?v=sEtSUZspXyc
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官房機密費、毎月1億円

 官房機密費(内閣官房報償費)の使途の公開をめぐり、鳩山内閣が揺れている。

(中略)

 90年代に官房長官を務めた複数の政治家に取材したところ、長官就任当日、実際の現金の出し入れを担当する内閣総務官(首席内閣参事官)がこう説明したという。

 「2億円ほどは内閣情報調査室に振り分けられ、残りの毎月1億円あまりは自由に使えます。一切書類に残す必要は無く、領収書も出納記録も一切必要ありません」

 長官経験者の一人は振り返る。「官邸内の長官室に腰くらいの高さの金庫があり、いつも数千万円入っていた。何に、いくら使っても、翌日には同じくらいになるよう、事務方が補充してくれた」



この金庫欲しい。
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恋人ができない理由
なぜ私には24年ものあいだ恋人ができないのか。この21世紀の難問と呼ばれる謎が、ついに解けた。スーパーに行く途中に、ふと、直感的にわかった。

私は生まれてからずっと恋人ができないと思っていたのだが、たぶんその前からずっといなかった。前世で死んだときからずっといなかったのだ。あれはそう、記憶によると、3000年ほど前のことだ。

あのとき、私は縄職人として生活していた。私の住んでいた村落はいい土が取れないため憧れだった土器職人の夢は諦め、植物を刈ってきて縄を編む仕事に携わっていた。当時、縄文土器全盛の時代で、土器に模様をつける縄の需要はかなり高かったのである。私は来る日も来る日も縄を編み、月に二度ほど、土器をつくっている隣の村落の職人に売りに行っていた。私が開発したクールな編み方の模様は職人に大好評で、私の一家は潤い、三階建て水車式エレベーターありの竪穴式住居に住んでいた。

そこまでは順調だったのだ。

私は80歳のときに天寿を全うし、愛する妻と子とその他大勢の子孫に見守られながら死んだ。その後、あの世へ渡った。そこで私の間違いが起こった。

あの世に行くと三途の川をわたったあと生まれ変わりたい人の列に並ぶんだけど、このとき、私は「人間(日本)」て書いてある列に並んでしまった。やっぱまた人間に生まれ変わりたいし、住み慣れた日本を離れるのは怖い! ってノリで。

だが、あいにくその列のレジのバイトが仕事が遅く、なかなか列が前に進まない。もうなんか長さでいうと閻魔様のとこから界王様のとこまで続いてるくらいの長さになっちゃってすごい待った。ゴールデンウィークのディズニーランドよりひどかった。

で、私の番になるころにはもう3000年経ってて、生まれ変わるのがえらく遅くなってしまったというわけだ。

「すいません、すっごいモテモテのイケメンで頭もいいし金も稼げる男に生まれ変わりたいんですけど」
「はい、かしこまりました。80億円になります」
「え、そんなに金かかるんですか? 高すぎやしません?」
「イケメンってだけでも億単位の料金になります」
「あの~、手持ちが500円しかないんですけど」
「えっと、500円ですか~? それじゃあこの、埼玉県のシミズってのしかないですね~。ただ500円だとそうとう彼女できない期間長いッスよー?」
「しょうがないんで、それで」
「かしこまりましたー」

で、その結果がこれだ。

だからそう、おれがモテないのはおれのせいじゃねぇ。手持ちがなかったからという、非常に偶然的な、不運な出来事のせいなのである。そうに違いないのだ。
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ザルで水を汲むような話
さいきん、哲学の本を読むのが楽しい。

「え、院生のくせに、最近かよ!?」

っていうツッコミもあるとは思いますが、なんか、保坂和志の本を読んだりドイツに行ってきたり自分でごちゃごちゃ考えたあとだと哲学書もより身近になって違った角度から読むことができるんです。

おとといはある授業でヘーゲルの『精神現象学』という本の「感覚的確信」という章のはじめを読んだんだけど、ここにヘーゲルの苦悩というか工夫が滲んでて読んでて楽しかった。

この章では人間の精神のいっちばんはじめの段階、「ものがある」っていう事態が問題になっているのだけれど、この段階では、人間は「ものがある」ってことだけしかわからなくて、それが何なのか(例えば、それが赤いのか甘いのか大きいのかなど)はぜんぜんわかってない。ほんとに、「ある!」ってだけしかわかってない。

ただ何かがあるってことしかわからないということは、まだ他のものとの比較すらできないってことで、およそ関係性って概念は入ってこない。比較も関係も差異も、ここには存在しない。ただ、「これ」としか言えない。

するとどうなるか?

この段階では、なにかについて言葉で説明することができないのだ! 「これ」という指示しかできなくて、特定の形容詞とか名詞で言い表すことができない。なぜかっていうと、「言葉」というものがそもそも他との比較や関係ってことを前提しているから。

「言葉は差異の体系である」といったのはソシュールだったか誰だったか忘れたけれど、実際、言葉は差異の体系だ。「犬」(inu)は「猫」(neko)ではない、というのは、たんなる決まりでしかなく、「犬」がワンワンと吠える動物を意味するかニャアニャアと鳴く動物を意味するかは、どっちでもかまわない。ただ、その二つの動物を区別できさえすればいい。

だから、そういう差異の体系である言語によって、差異がない段階の事柄を表現するにはそもそも無理がある。というか、不可能なはずだ。にもかかわらず、『精神現象学』で精神の発達段階をはじめから終りまで書こうとしたヘーゲルは、これに挑戦せざるを得なかった‥‥‥。

だから、ヘーゲルは「感覚的確信」の章で「これ」とか「この人」って言葉を頻繁に使う。あと、「直接的に」(unmittelbar)という単語もめちゃめちゃ使う。でも、よく考えてみると「これ」って言葉もほんとは「他のもの」っていうものとの関係があってはじめて意味を得るのだろうし、「直接的」(unmittelbar)という言葉も、「間接的」(mittelbar)との比較ではじめて成立する。(そもそも unmittelbar というドイツ語は mittelbar を un で否定してるんだもの)

こういう、原理的に無理なことに挑戦してるってのは、なんだか滑稽でおもしろい。そもそもテーマからして不可能なことってなかなかないんじゃなかろうか。



あと、いま書きながら思ったんだけど、言語は差異の体系だとはいいつつも、比較を絶した言葉もいくつかある。

さっき「ワンワン」と「ニャアニャア」って書いたけど、この言葉は実際に犬や猫が鳴いてる声をまねたもので、ただの差異によってるわけじゃない。猫がワンワンと鳴いて犬がニャアニャアと吠えたら困る。ってことは、擬音は差異の体系として片づけられないはずだ。

あと、「これ」とか「私」とか「きみ」っていう指示詞も、表面的には名詞だけど、この世界に実在してるものを指し示してるという意味でただ差異の体系の中の一要素として処理することはできなさそうだ。特定のものを指し示す言葉ってのは厄介で、一筋縄じゃいかない。(実在するものを指し示す言葉と差異としての言葉を取り違えるとパラドックスが発生するのかも?)

こうしてみると、言語ってのは限界を持っていることがわかる。この限界はおそらく論理学の限界でもあるかもしれない。たぶん、いや、ぜったいに、実在するものを漏れなく言葉で表現することはできない。言葉の下に、汲み尽くせない実在の世界があるはずだ。

けども、人間はそういうものを言葉で表現しようとする。ヘーゲルみたいに。そしてこれは言語芸術にたずさわる人の根本的なテーマだろう。保坂和志は『言葉の外へ』というタイトルのエッセイ集を出してるのだけど‥‥‥

あ、すごい、これ。『言葉の外へ』っていうタイトルは、それ自体、言葉だ! 「言葉の外」という言葉は言葉にできない部分をさしているはずなのに言葉で(言葉の中で)語られている!

えっと、そういうエッセイ集があるんだけど、その中で、「生」と「死」という一対の単語を持ち出してきて、これは差異の体系の中では一対のものとして、つまり反対のものとして考えられているけれど、そうではないんだと、ほんとはそれは対になるものではなくて、どちらも「これ」としか言えないものなんだと力説している。

なのにこの二つの言葉がふつう一対のものとして考えられているということは、この単語はもともとの力を失って、形骸化しているってことだろう。きっと、こういう言葉って多いのだと思う。っていうか、たいていの言葉はそうかもしれない。だいたいリアルな(実在を指し示す)力を失って、記号化されてるんだと思う。

でも、それじゃあ言葉が実在をすくい取ってくることはできないのかというと、そんなことはなくて、可能ではある。もし言葉が完全に概念間の関係しか指し示せないのならこの世から詩も小説もなくなってしまう。ただ、それをどうやって、いかにして遂行できるのかっていうのは謎だ。だって、差異の体系である言葉で差異を絶した実在世界を描くなんてのは、ザルで水を汲むみたいなもんじゃねぇか!

そこらへんがほんとに不思議で、いったいどういう理屈で可能なのかがわからない。これを完璧な理屈で説明できるのかどうかもわからない。おそらくさっき書いた指示詞がなにかしらの鍵を握っているとは思うんだけども。
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写真ちょっと出し
二日前まではちょっと「かわいいね」っつっただけで頬を赤らめて二の腕に抱きつきながら「ありがとう。清水君もかっこいいよ」とか言ってたクセに、昨日になったら急に素っ気なくなってメールの返事も一日以上経ってから返ってきてしかも絵文字も顔文字もなしの「ごめん、その日用事あるんだ」だけと来た。

男女関係でたとえるなら、そんくらい急な冷えっぷりだよ、この気温。

思わず京都の空をながめシヴァが召喚されてないか確かめてしまったんだけど、そんな寒い日はさ、部屋にこもってネットの海をたゆたい、気まぐれにブログを書くのがいちばん。で、こうやって闇雲に雑木林にスーパーボールを投げるみたいな仕方で書きはじめたわけなんだけどいまだにドイツ留学中の写真アップしてねーじゃんってことに気づいたので手当たり次第にテキトーにアップしていきます。

ヒアウィーゴー!

クリストゥス・ヘアツ教会

はい、ここまでで30分ほど経過してます。ほんともう、画像ファイルが一枚500K以下じゃないとアップできないとか聞いてない。いちいち画質を落とさないとアップできないなんて聞いてない。

しかもFC2は画像アップができないことが多々あって今も四苦八苦して数枚の画像をあげてたんですが、はい、これはクリストゥス・ヘアツ教会です。「キリストの心臓」教会って意味ですね。私が留学していたフライブルクの駅の近くにあり、寮から語学学校にいくとき、通学中にいつも見ていました。おとぎ話に出てきそうな、かわいい教会でした。

ゲーテの教室

これは語学学校の教室です。ここに二ヶ月通っていたんです。もはや懐かしくさえあります。クラスにはコロンビア人、日本人、タイ人、ベネズエラ人、フランス人、ロシア人などがいまして、ほとんどが学者志望の大学生と大学院生でした。みんな頭の回転速すぎてついてけなかった。

シュトゥットガルトでの夕食

これはシュトゥットガルトという街に一人でいったときの夕食です。目の前にでっけぇ宮殿広場みたいなのがあって、それを見ながら地ビールとソーセージをいただいているところです。ここは州都だけあってお店も多く、にぎやかな街でした。

ナゴルト橋

これはヘルマン・ヘッセの故郷、カルフ。シュトゥットガルトの近くにあるんだけどド田舎で寂れた街、っていうか村でした。この橋はナゴルト橋といって、ヘッセの作品にも出てきたような気がする橋です。写真の左に映ってるのがヘッセ本人で、誰かが金の針を使ってくれるのをずっと待ち続けています。

ユリアとサラと

左から、ぼく、ユリア(ロシア人)、サラ(コロンビア人)だ。ユリアは英語がネイティブ並みにしゃべれてドイツ語もクラスでだんとつに上達していったんだ。理解力と記憶力がはんぱなくてちょっと引くぐらい頭がよかったぜ。でもたまに「シミズはあたしより長くドイツ語をやってるんだからあたしよりしゃべれないとダメじゃないの」とか言ってくる生意気な小娘でおいこのヤロー、そんなこといいから北方四島をいますぐ一括返還しろ!! と叫んじゃうこともあったんだ(嘘)。

サラは対照的にぼくよりドイツ語上達が遅くてしゃべり方もゆっくりで癒し系。いいよいいよ、電子辞書に水こぼして壊しちゃったことくらい許す許す。

エフェル塔の腹

所変わって、パリ。これはエッフェル塔を下から覗き込んだところだ。まだ薄明るいけど、このときもう九時近く。ヨーロッパの夏は日がめちゃくちゃ長い。ちなみにこの塔はこのくらいの時間になると一時間置きにチカチカと光ってきれいだぞ。

「でも、エッフェル塔よりきみのほうがぼくには眩しく見えるよ」

なーんて言葉をかけられるムードならもういけるだろうにね。いけるだろうにね!

オペラ座

ここはオペラ座。中はとってもゴージャス。このときすでに二日目の観光も終りにさしかかったところだ。夢見心地の一日だったぜ。

オルセーの時計

えっと、これはオルセー美術館の時計。印象派前後の絵画を中心とした美術品を収めている。ぼくはゴッホが好きなんだけどもやっぱゴッホはいちばん人気で、ゴッホの部屋は満員御礼といった活況を呈していた。こころなしか自画像の口元が緩んでるように見えたよ。

ということでやっぱり画像をアップしようと思うとかなり時間がかかっちゃってたいへんなんだ。時間がかかるから途中でデスマス調からやけに砕けた口調に変わっちゃってるしさ。やっぱ最初っから画像アップ用の他のサイトにやれよって話でしたね。

それじゃ、さよなら! なんかもう文章がぐだぐだだ!
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とってもおいしいですってよ
思えば、大学を卒業して半年ほど経つ。あまり学部時代の友人と連絡を取ることはないけれど、きっとみんな、それぞれの道でがんばっていることだろう。

で、さいきんのことなんだけど、ふとクリックしたmixiニュースをみて驚いた。そこには、学部時代の友人の特集記事があった。

「シルシルミシルで大人気! 新人AD堀君!」

みたいな記事で、堀君が映ってた。あの、堀君が!

いや、テレビ局で働くらしいとかいう話は聞いていたけれど、え、ADなのになんでテレビ出てんの? っていうか人気ありすぎじゃね? ってなってとりあえずウィンドウを一回閉じてもっかい開いてみるとやっぱり堀君が映ってるからブラウザの故障じゃないと判明してカスタマーサービスに繋がっていた携帯電話を切った。

私はシルシルミシルという番組自体あまり知らなかったのだけれど、彼はその番組でグルメレポーター的なことをしているらしい。しかも顔写真入りのシールとか販売されているらしい。友人の顔がシールになって販売されてるのを知った人の気持ちを想像してもらいたい。爆笑である。

なにはともあれ、堀君の仕事がこのまま順調にゆくことを祈っています。番組自体は、まあ、テレビ持ってないからみないけどさ。
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