MEMON

たぶんに嘘が含まれています
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写真ちょっと出し
二日前まではちょっと「かわいいね」っつっただけで頬を赤らめて二の腕に抱きつきながら「ありがとう。清水君もかっこいいよ」とか言ってたクセに、昨日になったら急に素っ気なくなってメールの返事も一日以上経ってから返ってきてしかも絵文字も顔文字もなしの「ごめん、その日用事あるんだ」だけと来た。

男女関係でたとえるなら、そんくらい急な冷えっぷりだよ、この気温。

思わず京都の空をながめシヴァが召喚されてないか確かめてしまったんだけど、そんな寒い日はさ、部屋にこもってネットの海をたゆたい、気まぐれにブログを書くのがいちばん。で、こうやって闇雲に雑木林にスーパーボールを投げるみたいな仕方で書きはじめたわけなんだけどいまだにドイツ留学中の写真アップしてねーじゃんってことに気づいたので手当たり次第にテキトーにアップしていきます。

ヒアウィーゴー!

クリストゥス・ヘアツ教会

はい、ここまでで30分ほど経過してます。ほんともう、画像ファイルが一枚500K以下じゃないとアップできないとか聞いてない。いちいち画質を落とさないとアップできないなんて聞いてない。

しかもFC2は画像アップができないことが多々あって今も四苦八苦して数枚の画像をあげてたんですが、はい、これはクリストゥス・ヘアツ教会です。「キリストの心臓」教会って意味ですね。私が留学していたフライブルクの駅の近くにあり、寮から語学学校にいくとき、通学中にいつも見ていました。おとぎ話に出てきそうな、かわいい教会でした。

ゲーテの教室

これは語学学校の教室です。ここに二ヶ月通っていたんです。もはや懐かしくさえあります。クラスにはコロンビア人、日本人、タイ人、ベネズエラ人、フランス人、ロシア人などがいまして、ほとんどが学者志望の大学生と大学院生でした。みんな頭の回転速すぎてついてけなかった。

シュトゥットガルトでの夕食

これはシュトゥットガルトという街に一人でいったときの夕食です。目の前にでっけぇ宮殿広場みたいなのがあって、それを見ながら地ビールとソーセージをいただいているところです。ここは州都だけあってお店も多く、にぎやかな街でした。

ナゴルト橋

これはヘルマン・ヘッセの故郷、カルフ。シュトゥットガルトの近くにあるんだけどド田舎で寂れた街、っていうか村でした。この橋はナゴルト橋といって、ヘッセの作品にも出てきたような気がする橋です。写真の左に映ってるのがヘッセ本人で、誰かが金の針を使ってくれるのをずっと待ち続けています。

ユリアとサラと

左から、ぼく、ユリア(ロシア人)、サラ(コロンビア人)だ。ユリアは英語がネイティブ並みにしゃべれてドイツ語もクラスでだんとつに上達していったんだ。理解力と記憶力がはんぱなくてちょっと引くぐらい頭がよかったぜ。でもたまに「シミズはあたしより長くドイツ語をやってるんだからあたしよりしゃべれないとダメじゃないの」とか言ってくる生意気な小娘でおいこのヤロー、そんなこといいから北方四島をいますぐ一括返還しろ!! と叫んじゃうこともあったんだ(嘘)。

サラは対照的にぼくよりドイツ語上達が遅くてしゃべり方もゆっくりで癒し系。いいよいいよ、電子辞書に水こぼして壊しちゃったことくらい許す許す。

エフェル塔の腹

所変わって、パリ。これはエッフェル塔を下から覗き込んだところだ。まだ薄明るいけど、このときもう九時近く。ヨーロッパの夏は日がめちゃくちゃ長い。ちなみにこの塔はこのくらいの時間になると一時間置きにチカチカと光ってきれいだぞ。

「でも、エッフェル塔よりきみのほうがぼくには眩しく見えるよ」

なーんて言葉をかけられるムードならもういけるだろうにね。いけるだろうにね!

オペラ座

ここはオペラ座。中はとってもゴージャス。このときすでに二日目の観光も終りにさしかかったところだ。夢見心地の一日だったぜ。

オルセーの時計

えっと、これはオルセー美術館の時計。印象派前後の絵画を中心とした美術品を収めている。ぼくはゴッホが好きなんだけどもやっぱゴッホはいちばん人気で、ゴッホの部屋は満員御礼といった活況を呈していた。こころなしか自画像の口元が緩んでるように見えたよ。

ということでやっぱり画像をアップしようと思うとかなり時間がかかっちゃってたいへんなんだ。時間がかかるから途中でデスマス調からやけに砕けた口調に変わっちゃってるしさ。やっぱ最初っから画像アップ用の他のサイトにやれよって話でしたね。

それじゃ、さよなら! なんかもう文章がぐだぐだだ!
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帰国
楽しい数日間の旅を終え、帰国してきました。

帰国時、行くときと同じタイ国際航空で帰ってきたんですが、バンコクで乗り継ぎだけだと思ってたらマニラでも一回下ろされるというサプライズがあって、空港到着後も税関で止められるというハプニングがあったんですが、なんとか日本の地を再び踏むことができました。

ここ数日のことを短くまとめてみましょう。

24日、フライブルクを出発、バーデンバーデンで一泊。
25日、昼過ぎにケルンに向けてライン川沿いを北上。一泊。
26日、ケルンを観光。予期せぬ再会。ケルンでもう一泊。
27日、フランクフルトへ。一人でぶらぶら。
28日、同地で友人とその友人に会う。三人で観光。
29日、午後3時に出国。
30日、日本時間午後8時頃に関西国際空港に到着。

という、素敵な一週間を過ごしていました。

一日につき長い日記を2つ3つ書けそうな気がするんですが、それはまあ後回しにして、全体として楽しい旅行でした。フライブルクの語学学校の寮にいるあいだは関わる相手はほとんど外国人だったんですが、旅行中は基本的にドイツ人と接することが多く、「ああ、ドイツにいるんだな~」という感覚を持つことができました。語学学校はドイツじゃねぇ。

旅行中は絵画などの展示を見たり、教会や聖堂を見たり、遊覧船に乗ったり、レストランでドイツ料理を堪能したりとかなり有意義な時間を過ごすことができました。日本にいるときはほぼひきこもりで、見るものと言えばパソコンの画面と窓からの景色だけだったので、こうやって外の世界をたくさん見ることができて、私もまた一歩、ひきこもりからの脱出に近づけたような気がします。

時差ボケもあって、まだ社会復帰には時間がかかりそうですが、こうやって一歩一歩社会と関わっていって、他人ともしゃべれるようになって、ひきこもりから抜け出そうと思います。

がんばるぞっ!
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ヘッセを巡る旅
さ、『作家の足跡を辿る』のコーナーです。二回目の今回は『車輪の下』『デミアン』などの作品で今日も若者の心に訴えかけつづけているヘルマン・ヘッセゆかりの地を尋ねてきました。

【作家の生涯】

ヘッセは1800年代の後半くらいに生まれました、と思います。牧師の家に生まれ、自らも神学校に進学し一時は牧師をめざしますが、「詩人になるのでなければ何にもなりたくない」という幼少時の言葉通り、神学校を脱走し、詩人への道を歩み始めます。その後、彼は本屋のアルバイトを時給800円で続けつつ執筆活動を開始し、20世紀を代表する作家になっていきます。


【作品】

ヘッセの作品の特徴は、読むもの誰しもの心に子ども時代への郷愁を沸き起こすということでしょう。『車輪の下』などの作品に描かれた牧歌的な田舎の風景は、時代と国境を越えて人々に懐かしさを感じさせます。さらにもう一つの特徴として、思春期の精神的危機を描いているということが揚げられましょう。彼の作品にはしばしば正規の教育から逸脱してゆく若者が描かれていますが、これは彼の個人的な経験から紡がれた普遍的な人間の物語だということがうんぬんかんぬん。


さ、しょうもない前置きはこのくらいにして、早速私がこの土日に訪れた場所を紹介しようと思います。


1 カルフ(Calw)

ここはヘルマン・ヘッセの故郷です。ほんとに小さい町、というかむしろ村で、フライブルクからだと乗り継ぎを4回くらいして、最終的にはディーゼル2両編成のしょっぼい電車に乗らなくては辿り着けません。

でも、私が思っていたほど激・田舎ではなく、微妙に発展してる場所でした。町の中心にゆくとカフェやレストランがあって、ファストフード店も見受けられるという、微妙な田舎でした。

『地球の歩き方』によるとヘッセ博物館は土曜は午前中しかやってないはずでしたが、実際に言ってみると空いていたので入ってみました。

受付のおばさんが、

「二階に行きなさい」

と言っていたので行ってみたんですが、そこはなんか白い壁のよくわからない場所で、借りた日本語のオーディオガイドも部屋の番号と合ってなくてちんぷんかんぷんで、その階を一回りしたあと、ドイツで言う二階(2. Stock)は、日本で言う三階であることを思い出しました。

ドイツでは一階を地上階と呼び、その上からが一階、二階、三階、となるのです。こんな基本的なことをなぜかこのときは忘れてしまっていました。

気を取り直して上の階にゆくとヘッセの写真とか資料がたくさんありました。ブロンズの像とか直筆の手紙とか世界中から集めたヘッセ関連本などなど。部屋はだいたい年代順に見れるようになってて、ヘッセの足跡を追うことができます。

博物館を出たあとはヘッセの生家へ行きました。意外にも町の中心の広場にあって、今は一階が‥‥‥いえ、地上階がブティックになってました。残念ながら中には入れないようです。

それからナゴルト橋へ。小さな年代物の橋です。橋の真ん中には祠っていうか、教会のミニバーションみたいなのがあります。その近くには等身大のヘッセ像。橋の欄干に、

「私はもし故郷に戻るとしたら、ナゴルト橋の上で過ごしたい。あの時間がいちばん好きだった ヘッセ」

という意味の引用が刻まれていて、この橋の上に像をつくってもらって、さぞ彼も満足だろうと思いました。

さて、カルフはだいたいこんなところで、そんなにおもしろい場所ではありませんでした。第一回のこのコーナーで紹介した太宰治の生家は、でっかくておもしろかったんですが、ここはさ、生家が博物館になってるわけじゃないし、なんかさびれてるし、微妙でした。



2 シュトゥットガルト(Stuttgart)

この日はもうあんまり時間がないので、宿泊地であるシュトゥトガルトへ。ヘッセの小説にもこの街は出てきますが、特にヘッセ関連の施設があるわけでもなく、ぶっちゃけ泊まりにきただけです。

3年前にサマプロで友人たちとここに来たときはつまらない街だと思いましたが、今回は記憶にあるよりもにぎやかな街、という印象で、歩いているだけでもそこそこおもしろいところでした。ここはシュヴァルトヴァルト地方の玄関
的な街で、けっこう栄えています。

夕方にぷらぷら歩いていると、ヘーゲルの生家を見かけました。3年前にも来たので今回は来る気はなかったのですが、たまたま通りかかりました。あいかわらず風情の欠片もない場所にあって、目の前はケバブやなんかのファストフード店が並び、近くにはでっかいデパートが立っていました。

その後、早くユースホステルに行ってもつまらないので、宮殿広場を眺めながらシュトゥットガルトビールを飲みました。しかしこれがくせ者で、ビールのくせにすごく早く酔いがまわってしまい困りました。あれ、アルコール度数10%くらいあるんじゃねぇの? って思いました。

それからホステルに行った、っていうか戻ったんですけど、これがひどい立地条件。『地球の歩き方』によると「細い坂道を上ったところにある」んですが、このわずか数文字の中にいったいどれだけの坂道が含まれているのかと!? 急な階段を、必死で上り、ようやくホステルに到着しました。いいホステルだったけどもう泊まらないぜここには!


さて、翌日はまずシュトゥットガルトのベンツ博物館に行きました。

行くときにちょうど電車が出ちゃったところで、30分以上待つことになりました。あ、あと、『地球の歩き方』に乗ってた下車すべき駅が間違ってた。さすが、『地球の迷い方』の異名を持つだけはあります。

駅に着くと「ま、人の流れについていけばなんとかなるだろ」という楽観的な気持ちで歩いていたらポルシェ・アリーナというところに着いてしまい引き返すというアクシデントもありましたが、なんとかベンツ博物館に到着。ここはね、外観がちょうかっこいい。あたかもファイナルファンタジー8の世界に入り込んだみたい! メルセデス・ベンツ・ガーデンかっ! って感じ! たぶんこれ、非常事態になったら動くんじゃねっ!? ってひとりで興奮していました。

中もすばらしくモダーンなつくりで、日本語のしっかりしたオーディオガイドもあってすごかったです。さすが世界のベンツです。中はベンツの創成期からずっと時代順に車を見れるようになってて、予想以上に満足できました。

興味深かったのは、メルセデス・ベンツのメルセデスの部分は、もともと重要な顧客の娘の名前だったという部分です。スピード狂だった彼は愛車のベンツに娘の名前であるメルセデスという名前をつけて、それが社名になったということらしいです。ただ、どうしてベンツさんがそれを社名に採用しちゃったのかはよくわからなかったのであとで各々調べておいてください。


さ、ヘッセとまったく関係ない話になってきたのですが、閑話休題して、ヘッセをめぐる旅に戻ろうと思います。



3 マウルブロン修道院 (Kloster Maulbronn)

ベンツ博物館が予想以上におもしろかったため長居してしまったんですが、ようやくシュトゥットガルトを出て、次の目的地へ向いました。

今回の旅では、私はバーデンチケットという、この州の中で近距離交通が乗り放題のチケットを使っていたんですが、ICE以外ならOKだと思い込んでてICに乗ってしまい、電車の中で、車掌に、

「このチケットはだめだよ」

と注意されました。

ここで本来ならキセルで罰金を請求されても文句は言えないはずなんですが、寛容な車掌だったので「次で乗り換えなさい」と言われるだけで済みました。ドイツの車掌はけっこう寛容です。

ICというかっこいい電車をおりて、私はしょっぼい鈍行に乗り換えてマウルブロンをめざします。Mühlackerという小さい駅で下りて、ここからバスに乗り換えます。ここでも30分以上待って、バスに乗り込みます。バスにことこと揺られること数十分、Maulbronnの標識は見えるものの、なかなか下りるべきバス停に到着しません。『地球の歩き方』によるとMaulbronn Postという駅で下りればいいらしいんですが、そんなバス停はなく、気づけばMaulbronnという地域を過ぎてしまってる気配が‥‥‥。

不安になって近くのおばさんに訊いてみると、

「もう過ぎたわよ。っていうか、あたしそこから乗ったのよ」

ということで、何もないバス停で下りて逆往きのバスを待ちました。一時間近くも! この時点でもう4時半くらいになってて、マウルブロン修道院に入れるかどうかが微妙になってきました。あと、『地球の歩き方』を信じるのはやめようと決意していました。

でもなんとか開館時間内に修道院には到着できて、思ったより素敵なところなので心が躍りました。ここはもう中世の頃からある修道院で、ケプラーとかヘルダーリンとかヘッセとかが学んでいた(たぶん)とこなんですが、静かでいいところでした。

修道院の前にはすっごいきれいな建物があったり、近くには湖があったり、とてもいいところです。UNISCO(だっけ?)の世界遺産になってるところだけあって、そこそこ観光客もいました。



4 帰宅 (nach Hause zurück)

さて、このあとは二時間に一本のバスに乗ってMühlackerに戻りました。ほんと、辺鄙なところに行くと交通手段がないのがほんとうに不便っていうか怖いです。まあ、日本でもそれは同じだけど。

予定ではこのあとテュービンゲンにも行くつもりだったんですが、だいぶ時間も遅くなってしまったし、ICが使えないことも分かったし、ホステルへの上り下りで筋肉痛になったしで、フライブルクに帰ることにしました。

ここからは地獄の帰り道でして、ICEっていういちばん早い列車を使えばすぐ帰れたんですけど、いかんせん近距離用の列車しか使えないためなかなか乗れる列車がなく、カールスルーエってところで1時間以上マックで時間を潰し、それから電車の乗ろうとしたらそれが10分ほど遅れてて、この日のうちに帰宅できるか微妙な雰囲気になってしまって、

「オッフェンブルクでフライブルク行きの電車がなくなったらどうしよう!?」

という不安にさいなまれながらの帰路となりました。結局オッフェンブルクではフライブルク行きの電車が少し待っててくれたみたいで、他の乗客たちといっしょにダッシュで乗り換えて、無事、11時に帰宅しました。


さ、ヘルマン・ヘッセを巡る旅はここで終りを告げました。ヘッセは私が小説に興味を持つきっかけになった作家で、ヘッセに出会わなければ私は別の人生を(ミュージック・スターとか)送ることになっていたであろうほどの重要な人ですが、その人を巡る旅を終えてみて思うこと、それは──

『地球の歩き方』を信用するな! ということでした。

気をつけてねっ!
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ドイツレストランにようこそ
いつもどうでもいいことと虚構の誇張和えばかり調理してブログ日記という皿に盛っているので、たまにはまともな、役に立つドイツ情報を書こうと思う。

テーマは、ドイツ料理。

以下に記す料理を知っておけばきみもドイツ通になり、立ちどころにサッカーに興味を示し出して筋肉がむきむきになって胸毛が生えてくること間違いなしだ!


・シュニッツェル(Schnitzel)

もっとも定番だといっていいドイツ料理が、このシュニッツェル。かんたんに言うならトンカツである。しかし日本のトンカツと違ってサクサクしてないし大学の食堂で食べるシュニッツェルは脂っぽいぞ! 脂をひかえたい人には要注意の料理だ!


・ポメス/ポンフリット(Pommes Frit)

これはマックで出てくるようなポテトのこと。マックで「ポテト(Kartoffel)ください」といってもいわゆるポテトは出てこないので要注意。必ずポメス、もしくはポンフリットと言おう。ドイツ人はじゃがいもが大好きだ。


・カトーフェルザラート(Kartoffel Salat)

これもよく付け合わせに出てくるじゃがいも料理。ふかしたじゃがいもを潰して塩こしょうで味付けしたサラダだ。ただ、サラダとは言ってもじゃがいもしか入ってないので、新鮮な野菜のサラダだと思って注文すると幻滅するのでご注意を!


・ザウアークラウト(Sauerkraut)

キャベツの酢漬けで、ソーセージの付け合わせとしてよく出てくる。日本で言う漬物的存在でドイツの食卓には欠かせないとか欠かせるとか。ぼくはこれ、あんまり好きじゃないぞ!


・プーテンシュテイク(Putensteak)

おとといレストランで食べてみた料理で、七面鳥のステーキ。きのこのソースがかかっててとてもおいしかったです。お肉はやわらかいけれど鶏肉よりしまってる感じで、ええ、おいしかったです。こんど食べにいきましょう。


・クヌーデル(Knödel)

団子! でも、日本の団子が甘くておやつに食べることが多いのに対してこれはふつうにごはんとして食べる。なんだろ、小麦粉、っていうの? なんか、そういうのでできてる。可もなく不可もない料理だ!


・クネプフレ(Knöpfle)

クヌーデルの細かいバージョンがこれだ。大豆くらいの大きさの団子だと思ってもらえばいい。野菜といっしょに炒めたりした料理があって、それはちょっと焼きそば感覚で食べれて日本人の舌に合うとか合わないとか!


・アイスバイン(Eisbein)

豚の足だ! 有名なドイツ料理の割にはいまだにぼくは食べたことがなくて、アイスバインの実情は依然謎に包まれている。でも名前がかっこいいからぼくは大好きだ。しかもアイスバイン(Eisbein)と白ワイン(Weißwein)は発音が極めて似ているため、だじゃれ好きはこの二つを同時に注文して発音の類似性を楽しんでみよう!


・ツヴィッチゲンダーチー

さて、食事のときに食べる料理を紹介し尽くしたところで、デザートに進もう。このツヴィッチゲンダーチーは、一言で言えばケーキだ。たしか、なんか、紫色のフルーツのケーキだった気がする。詳細と綴りを忘れたので「ツヴィッチゲンダーチー」でググったら自分が3年前に書いたブログしか出てこなかったのでびっくりしたぞ! 実在が疑われる存在だ!


・ラードラー(Radler)

これは甘いビールだ。ラート(Rad)は「車輪」とかいう意味なんだけど、もともと自転車に乗る人用の軽いビールなんだとかそうじゃないとか。ビールがレモネードだかスプレイトで割ってあるので女性に大人気だ。


・ヴァイスビア(Weißbier)

いわゆる白ビールだ。ドイツのビールには白と黒があって、色と味がちょっと違うんだ。でもふつうのビールと白ビールがどう違うのか、よくわかんない! それに、白ビールって言う割にはそこまで白くはないぞ! 黄色人種がそんなに黄色くないのといっしょだね!


・ソーセージ(Wurst)

おっと、飲み物まで書いたところであれなんだけど、肝心のソーセージを忘れていた。これなしにはドイツ料理は語れない。ソーセージというのは、豚かなんかの腸にひき肉を詰め込んでゆでた料理だ。大きさ長さ味、さまざまなので、ドイツに来たらいろいろ試してみよう。ちなみにパックのものであっても日本へは持ち帰れないので、お土産を期待してる人はいますぐその希望を鴨川に捨ててこよう! ちなみに、発音を間違えてBrustと言ってしまうと「おっぱい」という意味になるので唇を噛むのを忘れないように!




さて、ぼくの知ってる限りのドイツ料理情報を書き尽くしたところで、レストランの利用方法を書いておこう。日本とはかなりシステムが違うので要注意!


1.レストランに入って、Hallo。

ドイツではお店に入ってもレストランに入っても、とりあえず店員に Hallo というのを忘れてはいけない。ドイツ人は実はあんまり Guten Tag とか Gute Nacht とは言わなくて、昼夜問わず Hallo だ。


2.注文する。

入店して席についたあと、しばらくするとウェイターが注文を取りにくる。まず飲み物 Getränk だけ聞いてくることもあるので、その場合は「コーラください」と言おう。

注文の仕方はこうだ!

Ich möchte Cola, bitte. (イッヒ・メヒテ・コーラ、ビッテ)
Ich hätte gern Cola, bitte. (イッヒ・ヘッテ・ギャーン・コーラ、ビッテ)

こういう言い方をすると英語で言うところの I would like Cola, please. って感じになるのでとても丁寧だ。

あ、そうそう。ドイツでは水は無料では出てこないので注意! 水が飲みたい場合は注文しなくてはならない。しかもコーラと同じくらいの値段なのでとっても損した気分になるんだ!


3.メニューの意味がわからない場合。

ドイツのレストランはメニューがドイツ語で書いてあるのでちんぷんかんぷんだ。なので、とりあえず上に書いてある料理を覚えておいて、それがあったら注文しよう。いろんな料理を比較検討して食したいという人は英語のメニューを持ってきてもらおう。

ただし Menu というとドイツでは「定食」の意味なので、Menu please というと定食が出てくる可能性があるぞ! 必ず Englische Speise Karte, bitte と言おう。


4.支払う。

食事が終わったらお金を払わなきゃいけないのは知っているよね!? 注文を取ったり食事を運んできたのと同じ店員に「おぅネェちゃん、お勘定頼むでっ!(Zahlen, bitte.)」と言おう。店員の女性がかわいかった場合は 「あした一緒に夕ご飯でもいかがですか?(Wie wäre es, wenn wir morgen zusammen zu Abend essen würden? )」と言ってみよう。きっと「いえ、けっこうです(Nein, danke)」と言われるはずだ。

あ、そうそう。レストランではサービスがよかった場合、チップを払おう。ほんの数十セントでOKだ。13.70ユーロだったとして、「14ユーロで(14 Euro bitte)」と言えば、30セントをチップとしてあげることができるぞ!


ぜひこの日記を参考にして、ドイツで充実したレストラン体験をして欲しい。

それじゃ、ぼくはマック行ってきます。
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オルガンコンサート
オルガンコンサート、に行ってきた。

某ガイドブックによると『キリスト教世界でもっとも美しい尖塔を持つ聖堂』であるところのフライブルクの大聖堂、そこでパイプオルガンのコンサートがあった。私はパイプオルガンの音が聞いてみたかったのでそれに行ってみた。

残念ながら大聖堂は私が来てからずっと工事中で美しい姿がちゃんと見れないんだけど、でも、すべて見えちゃうより隠れてる部分があったほうが女は魅力的に見えるものなのよ? って大聖堂が言ってて、

「おまえただの建物やん。女じゃないやん」

のツッコミを入れるとパイプオルガンの荘厳な音色が鳴り響いた。

ぶおーん、じゃじゃーん、ぱぱらぱー、じゃーじゃじゃーん。

ぼくの文章力じゃこれくらいの再現しかできないけど、そういう音が鳴った。低い音はぼくの子宮に鳴り響いてお腹の子どもが胎教によってIQが30アップし、高い音は私の脳に鳴り響いて天使の輪が出て、私の中の初号機が覚醒した。

まあ、それは嘘なんだけど、パイプオルガンの音っていうのはどうしてもドラクエを思い出させる。いや、ぼくはもう24歳だし、大学も出たし、そんなんでアレなんだけど、どうしたってドラクエに出てくる竜王の城を思い出しちゃう。ぜったいこれ、ぼくのクエストもクライマックスで、竜王との連戦が待ってる、確実に。大聖堂に響き渡る不協和音がおれの勇者としての自覚を呼び覚ますんだぜ? 聖堂なのにぜんぜんセーブできなさそうで、けっこう強い敵が出てくるに違いないんだ。

けれど、ぼくの装備はパーカーにジーンズにリュックサックにデジカメという戦闘には不向きのものばかり。魔法もせいぜい、二週間かけて擦り傷が治るかどうかのホイミしか使えない。なので、竜王に勝てるかどうか、かなり不安になった。っていうか、ぜったい勝てないと思った。

ドキドキしながらパイプオルガンの不穏な音に聞き入ってると、しばらくして音楽が終わって、聴衆たちからぱちぱちぱちぱちという拍手が鳴り響いた。けっこう長いあいだ、ぱちぱちぱちと拍手が続いた。しばらくすると、みんな、ふつうにコンサートが終わったあとみたいに帰って行った。

あれ、竜王は?
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それでも恋するパリの街
パリに、行ってきた。

いま、もう何度もこの日記の出だしを書き直してるんだけど、さっぱりいい文章が書けない。パリのよさは、きっと言葉じゃ表現できないんだろう。

金曜日、授業を途中で抜け出して先生に「Was!?」って目で見られて教室を去り、私はICEに乗った。そこからOffenburgとStrasbourgで乗り換えて、人生初のフランスへ。TGVに乗り換えるとそこはもうフランス語の飛び交う異国の地。しかも乗り込む車両を間違えたせいで座席に座れず不安も高まってきた。そして‥‥‥

なんていうペースで日記を書いてるとたぶん10,000字くらい必要になってくるからいろいろ省略して書きますけど、東駅ってとこで知り合いのパリジェンヌに再会しました。彼女にホステルを探してもらい、それからラ・ロトンドというモンパルナスのカフェに行きました。

「モディリアニの肖像画を見ながら食べるエスカルゴは絶品だった」

と、彼(私)は後に回想しています。

この日はあとエッフェル塔に上り、パリの夜景を眺めました。上ったのはエッフェル塔の最上階だし、このときがたぶん私の人生の頂点だったと思いますけど、もう、名状し難い美しさですよ、パリの夜景は。夢だとしてもきれいすぎる景色でした。

次の日もそのジェンヌに案内してもらって、めぼしい場所を巡ってきました。モンマルトルのサクレクール寺院とかアメリの映画に出てきたカフェとかゾラやドガのお墓とかを見て、そっからセーヌ川に下り、遊覧船に乗って川から街を見て、船を下りたらサンシャトル寺院とノートルダム寺院を見て、凱旋門に行って‥‥‥あ、あとオペラ座も行ったし、なんかもう、いろいろ行き過ぎて順番が不正確ですけど、これ以外にも観光してます。

パリは前から興味があった、というか、映画とか小説を読んでると自然に目に触れる街で、映画だとムーランルージュとかアメリとかアンジェラとかタクシーとかで舞台になってますが、そういうので昔から見てる街で、いずれは行ってみたいと思ってましたが、まさか24歳という比較的早い時期に来れて、自分で驚いています。

しかも、美しいパリジェンヌの案内付きで!

今回のドイツ留学でいちばんよかった場所は、間違いなくパリです。

ということで、もう人生に思い残すことはありません。
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聞いてないよ
予告通り、スイスのバーゼルに行ってきた。

電車で1時間くらいだしドイツ語でいけるらしい、ということで気軽に出発して到着した。駅を降りても別に外国に来たという気はしない。

それからとことこ歩いてゴッホの展示をやってるクンストミュージアムというとこまで行ったんだけど、切符売り場で

「よぉネエちゃん、学生用のチケットあるかいっ?」

と江戸っ子丸出しで言ったんだけど、

「はい、18フランでございます」

はて、フラン?

「どういうこったいネェちゃん、こちとらそんなふわふわポッキーみたいなお菓子は持ち合わせてねぇよ?」

「フランはお菓子じゃありません。通貨です」

「えっ!?」

ということで、スイスではユーロは使えないってことが発覚した。

「でもネェちゃん、スイスもEU加盟国だろ? え、違ったっけ? よくわかんないけど、え、あ、そうなの? フランなの?」

ということで予想外の事態に直面し、財布にユーロしかなかったぼくはとぼとぼと駅前まで引き返し、仕方がないのでスイス銀行のバーゼル支店を襲撃して100フランを手に入れた。

そういうわけで、とりあえず美術館には入れたしそのあともいろいろ動物園に行ったりとか帰りのチケットを買ったりできたんだけど、レートは分かんないからすごい不安。こちとらユーロの感覚で生きてるから「コーラ3.4フラン」とか言われると「ドキッ!」ってしちゃう。

旅行自体はどうかというと、ゴッホの画が生で見れてよかった。ごく初期から後期まで時代順に風景画があって、その変遷を追いつつ見れた。風景を描くとはどういうことか、ということについて、考えた。

で、そのあとはチューリヒに行こうかと思ったんだけどその美術館で同時代人の風景画の展示とか常設の画とかもあってそれも見て、大聖堂とライン川を見てたらもういいんじゃないか、という気がしてきて、ぶらぶら歩いてたら「Zoo」の文字を発見してテンションがMAX。

いや、チューリヒにでかい動物園があるっていうのはきのう調べてて、時間があれば行こうかなって思ってたんだけど、バーゼルにあるならもうここでいいや、ということで入園した。そこそこの大きさで動物達が見やすくて楽しい時間を過ごしましたとさ。

それから夕方に駅に戻って帰りの電車に乗ろうとしたんですが、ポリスの人がきて「きさま、銀行強盗犯だな!」と言われて御用。いまはバーゼルの留置所に収容されて、事情聴取を受けている最中です。
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黄色・青・赤
時間が飛ぶように過ぎてゆきます。

とりあえずここ最近に生じたイベントについて書きますと、先週の土曜日にヨーロッパ・ランドという遊園地に行きました。ほぼ絶叫マシーンのみの万博をイメージしていただくといいと思います。

はじめ8人で行ったのですが、それが半分に分裂し、そのあといっしょにいた日本人の女性がハチに刺されるというアクシデントが発生し、医務室に付き添って、そのあと結局日本人同士ふたりきりになりました。

まさかここでデートイベントが発生するなんて予想してませんでしたが、今思うと「8人の中に日本人が2人」というのがフラグだったのかもしれません。とりあえず感想としては、ブルーファイアーというジェットコースターが楽しかった。1時間半待たされたけど、ぐるぐるまわる1分に満足。

あと、先週は私の辞書に水をこぼしてしまったコロンビア人からお菓子とアクセサリーをもらいました。彼女としてはすごく気に病んでいるらしく、そういうものをくれました。なんていうか、アクセサリーは手首につけるヤツで、黄色と青と赤が美しいコロンビアの国旗のストライプです。

ただ、日本でこれを着用した場合、「コロンビアの国旗の色」というよりは「入信したの?」って感じになりそうなので、帰国後はこれを腕に巻くことに若干抵抗が出てきそうです。いや、あっちは黄色が真ん中だけど、こっちは青が真ん中なんですけどね。

あしたはスイスのバーゼルとチューリヒに遊びに行きます。今回はじめての一人旅なので少し緊張しています。
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集いし人々
ここは外国だから外国人がたくさんいる。

否、外国に来たのは私なのだから正確には私が外国人のはずで、街を歩けば外見的に馬の群れの中を犬が歩いているみたいな感じになる。

そんな中で見た目が周りと違うのは当然アジア人。そんな彼ら/彼女らと、きょうはお昼をごいっしょした。

大人しくてちょっとシニカルっぽい中国人の女性と子持ちの銀行員の韓国人男性と畑仕事が似合いそうなタイ人女性、それに小柄な日本人女性と私とでフライブルク大学の食堂にいった。

話題はだいたい当たり障りのないところで、竹島の領有権の問題とか靖国の話とかだったんだけど、ふだんそれほど個人的な接点がない人たちとはいえ、ドイツまで来ると見た目的な共通点だけでも多少の仲間意識のようなものが生まれるのが不思議なところ。

あと、寮にはもちろん、アジア系だけでなく各国の留学生がいる。それでわかったんだけど、やっぱラテン系の言語(スペイン語、イタリア語など)をしゃべってるやつはテンション高けぇ。異常に声がでかいし陽気。日本だったら即時射殺されててもおかしくない。

イメージと実際のもんとはぜんぜん違う、なんて申しますけれども、けっこうそのまんまのことも多いと実感している今日この頃です。
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辞書壊れる
きのう、ちょっとしたアクシデントがあった。

午前の授業中にぷらぷらと立食パーティーの食べ物がないやつ、みたいなことをやってて、そんとき、コロンビア人の女性がぼくの机の上にあった水を倒してしまい、電子辞書がごくごくとそれを飲んでしまった。

ぱっと見、辞書は

「へへ、これくらい大丈夫でさぁダンナ」

という顔をしてたので大丈夫だろうとタカをくくっていて、水を倒した子にも

「へへ、これくらい大丈夫でさぁお嬢ちゃん」

って言ってたんだけど、あとで起動してみたら完全にラリってた。

それでも時間が経つとだんだん具合がよくなってきて

「めんぼくねぇ。でももう心配ご無用でげす」

というくらいまで回復して一安心かと思ったが、いざボタンを押してみるとTがRに、GがFに、BがVになってしまい他のボタンもいくつかバカになってパッキャマラー辞書になってた。水をかけただけで瀕死。こんな弱い生き物見たことねぇよ。辞書は生き物じゃねぇけどさ。

夜。ピザパーティーがあった。

これはある会場に各国から集めたピザ好きを詰め込んでピザを食べさせるというイベントで、ドイツでは1200年の歴史を誇る祭りである。私もピザ好きの日本人代表として参加させてもらった。

で、そんときに外国人の彼女をつくろうと思って各国の女性に話しかけてたんだけど、いや、それはまあ嘘なんだけど、でも少しは話しかけてて、例のコロンビア人の人としゃべった。

「あの辞書壊れちゃった?」
「ええ、彼は残念ながら死にました。でも紙の辞書もあるからいいよ」
「そんな! ごめんなさい」
「かわいいから許す」

みたいなことをしゃべってました。

まー、だいたいそんな感じで、授業開始数日で電子辞書がパッキャマラったのは正直痛いですがなんとかやっていけそうです。

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同居人現れる
ということではじまりました、期間限定留学ブログ『ふらふらフライブルク留学記』。今後2ヶ月はこれまでの日本でのくそみたいな日常に関する日記をやめ、留学中に起こったくそみたいな日常に関する日記を書いてゆこうと思います。

で、きょうは一日OFF。

「さすがに2日前はちょっと早かったな」

と思いつつ、あさから暇を持て余し、ひとりで街に出てふらふらしてきました。

えっと、いま写真をアップロードしようとしたんだけど回線が不機嫌らしく

「なんでぼくなんだよ! なんでぼくがアップロードしなきゃいけないんだよ父さん!?」

とゴネててできないので、文章だけでお送ります。でもぼくは類い稀なる文章力を持ってるのでそれでも十分にこの街の魅力がお伝えできると思います。

まず街に出ると、ほんとアジア人が少ないのな。ほとんど白人。たまにインド人っぽい人とか黒人とかいるけど、アジア系の人が少ない。前にミュンヘンにいったときはそこそこ日本人の観光客も見つけたけどここでは一日に一人それらしい人を見かけただけで、よくて中国人か韓国人。だから自分がすごい目立ってる気がします。

まず行ったのが大聖堂。でっかくてすごかった。キリストとマリアがいて、「ようこそ」って言ってくれて、ああ、どうも、こんにちは、って言ったら「ゆっくりしてってよ。まあ、なんもないとこだけどさ」と気さくに言ってくれて、けっこういい人じゃん、と思いました。

で、そのあと買物に。

ゲーテ・インスティチュートっていう、ぼくがこれから通う語学学校から前に連絡メールがきて、そこには「ドライヤーはもちろんあるよ!」って書いてあったと思ったんだけど、いざ部屋にきてみたらなくて、よく読んだら「共同の乾燥機があります」っていう意味で、自分の語学力に絶望しつつデパートにゆき、14ユーロのドライヤーを購入しました。

それからパーカーを買いに。

ドイツの夏はけっこう暑いと言われてるけど実は寒いので注意が必要。ぼくは暖かい服を持ってくるのを忘れたのでグレーのパーカーを買いました。10ユーロと格安で、暖かいものを買い、着て帰りました。

それから1時間ほど迷うことに。方向音痴なので、ちょっと油断すると自分がどこにいるかわからなくなってしまうのです。しかも人に道を聞かれやすいという性質を兼ね備えているため油断してるとすぐ道を訊かれ、今日もなんかドイツ人に道を訊かれたんだけど

「Sorry, I can't speak Germany.」

という魔法の一言で危機を乗り切りました。っていうかどうして数ある通行人の中からおれをチョイスした!?

それから部屋に戻り、しばらくぼーっとしてるとドアをノックする音がして、なんと同居人が到着しました。え、あの、一人で住むもんだと思ってたんですけど、あ、そうなんですね、よろしくお願いします。グーテンターク、グーテンターク。あ、日本人の方ですか? なるほど、よろしく。

ということでお辞儀をして、友好を誓ったのでした。

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ふらふらでフライブルク
フライブルイクという都市にやってきた。顛末をかんたんに説明しよう。

関西国際空港でタイの会社の飛行機に乗り込もうとすると手荷物検査でひっかかってペンケースを開けたらすっかり忘れてたカッターナイフが出てきて

「テロリストだ! 出あえ! 出あえ皆のもの!」

の号令とともにピーと笛が鳴って逮捕されて5年網走刑務所に投獄されて、それから、搭乗した。それから、こんな重たいものが飛べるって信じてなかったんだけど奇跡的に海にどぼんする前に離陸し、私は空の上へ。

翼による浮力がどうとか、そんなの机上の空論だろうと思ってたけど、そうじゃなかったんだなあと驚いたのでした。機上でね、機上で。

タイの航空会社の飛行機なのでバンコクっていう国みたいだけど都市の首都で乗り換えた。タイでは「スワディー・カップ」と言われたら「メルティー・ラブ」と言うことになっていて、そうしてた。

「スワディー・カップ」
「メルティー・ラブ」

「スワディー・カップ」
「メルティー・キッス」

「スワディー・カップ」
「プラトニック・セックス」

バリエーションは、多少、使っても大丈夫。

バンコクからフランクフルトまでは長旅で、しかも夜なので退屈だった。英語はわかんないしタイ語はもっとわかんないし私が無表情なもんだからコミュニケーションもままならないしそもそも対人恐怖症だからしゃべれないしで散々だった。

「もう二度と部屋から出ない!」

と決意するも、もう日本を出てしまったため、二ヶ月はその夢は叶わない。

フランクフルトからフライブルクまではICEという電車で行ける。後ろの方にジェットが設置されてて、飛行機並みの加速とスピードをほこり、油断してると離陸してしまうので注意が必要だ。ふんばれ。


いまは寮の共同スペースでひとりキーボードをかたかた打っている。いろんな国の人がいる。近くに日本人の女性が二人いるが、さっき

「ぼく、清水っていいます。きょう来ました。ネットの使い方教えてもらえませんか? あと付き合ってください」

と言ったらネットの使い方は教えてくれたけど付き合ってはくれなかった。ネットの接続方法を教えてくれたあとに

「あんたマザファッカぁ!? なんであんたと付き合わないといけないのよ! このバカシンジッ!」

といって足の指を鼻に突っ込まれてぐりぐりされました。

悪くない。


(5分経過)


上でもう日記を終えて、あとデジカメを持ってきて写真をのせようと思ったんだけど、話しかけられて、

「学生さんですか? 何歳ですか? なんで目が六つもあるんですか?」

と言われた。なのでぼくも同じ質問をして、それから、どうして耳が八つもあるのかと訊いたら

「音楽を専攻してるから耳は多い方がいいんです」

という答えが返ってきた。

なるほど、もっともである。
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